ポイントカードとクーポン
ポイントカードを使えない。
忘れてしまうからだ。
こういう人は多いと思うのだけど、反対にきちんと使っている人もいる。
今日昼食を食べに行った定食屋さんで職場の先輩がきちんとポイントカードを出していて、スタンプを押してもらっているのを見て
偉いな、と思った。
「いやあ、いつも後から気がつくんだよねえ」
などと言いながらしっかりとスタンプを5個もらったその人は
「あ、溜まったから出し巻き卵1個無料だ」
と言っていた。この人は人生をうまく生きている、と思った。
続きを読む僕達は昼ごはんを食べないといけない
それにしてもお昼ご飯である。
我々サラリーマンにとってお昼ご飯は1日のモチベーションを左右する大きな問題である。
うまいものを食えれば午後も頑張ろうとなるし、
万が一「やっちまった…」ということがあれば、これはもう午後はモチベーションゼロ。
淡々と雑務をこなすに徹するに限る。
だからこそあまり冒険もできずに、結局同じようなところばかり行くし
会社の近くの定食屋はほとんど同じ会社の人間ばかりでほとんど社食状態、というのもオフィス街あるあるの一つであろう。
鼻毛
私は鼻毛をいつも切っている。
人より鼻の横幅が広い上に少し上向きなので、鼻の穴が見えやすいのだ。
見せるための鼻の穴と言ってもいい。とにかくサービス精神に溢れた鼻の穴を持っている。
しかし、どれだけ鼻の穴がエンターテイナー気質を持っていようとも、持ち主の私に無断で秘部をご開帳してもらっては困るのだ。
以前、こんなことがあった。
職場の飲み会から帰ってきて、酔いを醒まそうと洗面所に立った。
自分の赤ら顔が鏡に映る。
右の鼻の穴から、鼻毛が3本出ていた。
1本では無い。2本でも無い。3本である。
それがまるでオバケのQ太郎の頭頂部から出ている毛のように、それぞれ三方向てんでんばらばらの方向に伸びていた。
え、伸びたの? 数時間のうちに伸びたの? 朝から出てた?
今となっては真相はわからないが、とにかく鼻毛が出ていることは事実だったし
間違いなく飲み会の席から鼻毛は出ていたはずだ。
その鼻毛が三方向に3本飛び出したまま私は多くの人々と話をし、酒を飲み、偉そうに何やら主張していたはずだった。
後輩にあたる女性の同僚と話をしていた時には鼻毛は出ていたのだろうか。
彼女は私の鼻から3本飛びでた鼻毛を見て、何を思ったのだろうか。
あの日見た鼻毛の名前を僕達はまだ知らない。
私は無言で鼻毛を抜いた。痛かった。
それからというもの、私は鼻毛を常に切っている。
今では常に無毛状態を維持している。
汚れた東京の空気を、ダイレクトに鼻腔で受け止めている。
家を出る前には、妻に鼻の穴をチェックしてもらうこともある。
そんなとき妻はいつも私の鼻の穴を「ブラックホールのようだ」という。「吸い込まれそうだ」ともいう。
私の鼻の穴は今日もツルツルのまま、世間の風を吸い込んでいる。
歌って踊る
娘がよく踊る。
正確には歌って踊る。
多かれ少なかれこどもにはよくあることだと思うのだけれど、息子には見られなかった現象である。
性格によるものなのか、あるいは女の子の方がダンスが好きなのか。
ちなみに歌も自分で作る。
歌と踊りを自分で作っているのである。
3歳のシンガーソングライター兼ダンサー。
ただ、正直何を歌っているのか全く聞き取れない。
3歳なので話せる言語も限られているわけだが、それでもある程度会話ができるようになったにも関わらず
自作ソングの歌詞だけはなぜか言葉になっていない。
もちろんその場で即興で歌うなんて芸当は、フリースタイルのラッパーでも無い限り大人だって言葉がすぐに出てくるものでは無いのだから、3歳の子供に求めるべくもないのだが
「あーうぇーおー、やーいーうーいーよー」
みたいな感じで危うい音程の前衛的な楽曲が量産されていく過程は親からすると楽しい。
しかも歌の最後だけ毎回違うことばでアドリブが入ってきて
「あーうぇーおー、ケーキを食べたよー、はい、おしまい」
とか
「あーうぇーおー、ぽんぽんになっちゃうよー、はい、おしまい」
などとそこだけ具体的な歌詞を入れてくれるし、必ず「はい、おしまい」と終わりであることを自分で申告してくれるのでわかりやすい。
なので、その瞬間にここぞとばかりに割れんばかりの拍手を浴びせ
「すごい!天才!最高!」
と、どうせ僕しか見ていないので娘をほめまくっている。
ここ最近はターンを覚えたのでよく回っている。
ターンできるようになったことがうれしいらしく
「回転してって言って」
と私に強要してくる。
なので言われるがまま「回転して」というとニコニコしながらくるっと回る。かわいいなおい。
ところがここのところ「パパちゃんも回転して」と言ってくるようになった。
なので私も回転している。
完全に娘のマリオネットである。
娘が回り、私も回る。
あと娘は「結婚する」ことをなぜか踊ることだと思っており、時々「パパちゃん結婚してー」と言ってくる。
それは手をつないで踊ることを指す。
なので、彼女の両手を取ってしばらく踊る。
踊るというか手をつないだままわちゃわちゃ動き回るだけなのだけど、やっぱり楽しい。
母の日計画
母の日は、毎年妻が僕の実家の母親にお花を手配してくれている。
正直僕はいつも子供の面倒を見てもらったり、何かと世話になってばかりいる割にはこういう時にうっかり何もしない、
ということがよくある薄情息子なので、フォローしてくれる妻が非常にありがたい。
無事お花も届いたようで、母親からも感謝するメールが僕のところに来た。
だから、というわけではないのだけど妻に母の日の贈り物をすることにした。
もちろん僕にとっては妻だけど、彼女もまた僕らの子供たちにとっては母である。
息子と娘もそろそろ母の日を祝えるようになってきたのではないか、と考えたのだ。
もちろん普通にお祝いしてもよかったのだが、滅多にやらない「じゃじゃーん!実は用意してましたー!」という
俗に言うサプライズをやってみようと思った。たまにはやってみたくなるときもある。
心の中で「母の日計画」と呼ぶことにした。
ありがとう、と小さな声で言った。
個人的にちょっと色々と感じるところがあり、参っていた。
毎日不安感や焦燥感が増していき、通勤途中の電車で叫び出したくなる衝動に駆られることが増えた。
仕事であったり、健康面のことであったり、家庭のこと、将来のこと。
30代くらいになれば誰でも直面するであろう、手垢にまみれた「人生の諸問題」で少しずつ悩んでいたものが積み重なり、ごまかしながらやってきたものの、それら積み重なったもの一つ一つがかちこちに凝り固まって、いつの間にか自分でも驚くほどに硬くしぶといしこりのように成長していたのだと思う。
電車に乗っている時の不安感が日に日に増していき、叫びだしたい衝動に駆られることが出てきた。先日は実際に耐えきれずに途中下車してしまった。動悸が激しく、汗をびっしょりとかいていた。何に対する怒りかわからないが、苛立ちを抑えきれずに駅のホームを舌打ちをしながら歩き回っていた。
駅から家までの帰り道も人をうまくよけて歩けずに足取りがふらふらし、カッとなって家まで走って帰った。自分の身体が、荷物がすれ違う人にぶつかってしまうことがわかっていても、足を止めることが出来なかった。一刻も早く家に逃げ込みたかった。
家に着くなり抑えきれずに持っていた鞄を力一杯放り投げ、叫んでしまった。
抑えきれなかった。
ちょうどそのとき、風呂から出たところだった子供たちが玄関から聞こえてきた物音に何かを感じたらしく、すぐに集まってきた。
「パパ、何あーって言ってたの?」
「どうしたの?」
不思議そうに尋ねてくる子供たちの様子に、頭に上った血がすーっと下がっていくのを感じた。
何をやってるんだ俺は。
妻には愚痴や弱音を聞いてきてもらっていたが、子供の前だけではそうしたくない。
ずっとそう思っていたのに。なのに、俺は。
恥ずかしくて子供たちの顔をきちんと見れなかった。
「大丈夫?」
「大丈夫?」
子供たちを心配させてしまった。
まだ、ほんの5歳と3歳の子供たちに。
自分の情けなさと不甲斐なさにショックが大きくて顔を上げられない。
恥ずかしさに頰が紅潮しているのが自分でもよくわかる。
子供たちに自分はどんな風に見えているんだろう。
失望されてしまうのではないか。
「パパ」はこんな人間だったのだと思われてしまうのではないか。
しかし、子供たち、特に長男はいつも以上に近い距離を取って、僕の腕を取りながら
「今日ね、幼稚園で…」
と幼稚園であった出来事を話し始めた。
いつも以上に表情が豊かで、声が大きい。
兄の話にまるで合いの手を入れるように娘も「そうなんだよ!」とか「すごいでしょう!」などと言っている。まるで林家ペーパー夫妻のようだった。まくしたてるように一方的に話し続ける子供たちの様子にしばらく呆然としてしまったのだが、ふと気がついた。
元気付けようとしてくれているのだ。
僕を笑わせようとしてくれているのだ。
どう考えたって様子がおかしい父親を相手に、怖がられたり泣かれたりしてもおかしくない状況の中で、彼らは僕のことを笑わせようとしてくれている。
必死になって喋り続ける二人のことがおかしくて、僕の頰が緩んだ。
それを見て、息子の表情がようやく柔らかくなり、娘が笑った。
「ありがとう。大丈夫だよ」
とやっとの思いで言った。心の中で、ごめんね、と付け加えた。
子供たちが寝たあと、妻と話をした。
僕がだらだらと零すどうしようもない愚痴も、妻は聞いてくれた。
話をしていく中で自分は自己肯定感が薄いのかも知れない、という話をした。
何をやっても自信を持てないし、いつまで経っても自分を好きになれない。
謙遜と卑下は違うとわかっていても、結局自己卑下をやめることが出来ない。
すると妻は言った。
「あなたは子供たちをいつでも褒めてくれる。
長男が変なことをやっていてもすごいね、と言ってくれる。
子供たちはいつもそのことを言ってる。パパにすごいって言ってもらえたって。
この間本を読み聞かせしてくれたときも、間違ったことを娘が言ってても、優しくそのことを否定しないで別の考え方を教えてあげてた。
それはあなたのいいところだと私は思ってる」
「私は本当にいつも幸せだと思ってる。
私が好きでやってる手芸も、あなたがすごいね、上手だねって言ってくれるから続けてる。もしあなたが何これ変なの、とか言う人だったらとっくにやめてたかもしれない。今まで私が好きになったものをあなたはいつも一緒になって面白がってくれた。
それは本当に幸せなことだと思う。私はそれがあなたのいいところだと思う」
今までそんな風に妻に言われたことがなかったので、僕は言葉に詰まった。
嬉しかった。
誰かにそんな風に言って欲しかったのだ、と思った。
「いつもそう思ってるけど、しょっちゅう言うと軽くなると思って」
と妻は続けた。
僕は我慢しよう我慢しようと思ったけど、やっぱり我慢できなくて、それでも恥ずかしいから、指で目を擦って誤魔化した。全然誤魔化せていなかったけど。
どこかで自分がこの家族を支えているのだ、と勝手に思い上がっていたところがあったと思う。
何のことはなくて、誰より僕が家族に支えられていて、家族無しでは困難に耐えることすら出来ないのだ。
「泣いてるの?」
と意地悪そうに聞いてくる妻に、冗談の一つも返したかったが、何も思い浮かばずに「ありがとう」と小さな声で言った。