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もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

クモがよく出る。

雑記

家によくクモが出る。

とにかく引くくらい出る。
32年間生きてきて、実際に動き回るクモに遭遇する機会というのは幸か不幸かそれほど多くないと自負しているが、
人生で出会ったクモ体験の8割くらいが今住んでいる家に引っ越してからであると断言していい。

それくらいクモが出る。



実家を出たのが7年前。
以来ずっとこの街に住んでおり、同じ街の中で一回引っ越したので、今の家が二軒目となる。


最初に一人暮らしをした物件は、とにかくゴキブリが出た。


僕はゴキブリがとにかく嫌いで、というか虫全般ダメなのだけど、その中でもゴキブリというのは特に共演 NGを事前に出しているにも関わらず
裏に強力なバックが付いているのか知らないが、ゴリゴリに事務所から押されてブッキングされてくる。


とにかく彼らの姿を見ない日は無い、というくらい彼らの姿をよく見た。
ゴールデン番組から地方のパチンコ屋の営業までこなすくらいのフットワークの軽さで仕事を選ばず出演するので、こちらとしてはいいかげんサインの一つも
もとめたくなるほどだったが、実際にはゴキジェットで片っ端から声援を送っていた。絶命の瞬間はすべての手足を内側に丁寧に折りたたんで亡くなっていく、
という豆知識を得たのもいい経験である。自分で書いてて鳥肌が立ってきた。


今の家に引っ越してからというもの、ゴキブリの姿を全くと言っていいほど見かけなくなった。
一回くらいはあるだろう、そろそろあるだろうと思いながらも早4年。
未だゼロゴキブリである。
これは僕の人生の中でも驚異的な記録である。いざなぎ景気かこのゴキブリ景気かというくらい長い。小泉政権かこのゴキブリ政権かというくらい長い。
あっているのかはよくわからない。


だが、である。


物事というのは表裏一体であり、何かを得れば何かを失うのが世の常である。


この家にはクモが出る。
尋常で無いほどに。


はじめは「あれっ、クモがいる」と時折気がつくくらいだった。


しかも小さく、控えめな露出だった。
「あ、いけね」
みたいな感じでひょこっと出てきてはいつのまにか消えていた。
シャイなやつだった。


それでこっちも特にきにすることもなかったのだ。彼らは総じてそれほど大きくなく、動きも早くなく、何よりこちらの気分的に「ゴキブリではない」という部分が大きく作用しているので「お咎めなし」という気分になりやすいのだ。


ところがである。


いつのまにか「あれ、まただ」が「え?さっきもいたでしょ」になり「ちょっとこれ‥」と思っているうちに
「各部屋で同時に目撃」という異常事態に発展した。

はじめのうちはあまりによく見るので「これ、同じ奴がずっと部屋の中うろちょろしてるんだな」なんて思っていたら確実に家の中に複数いることがわかって戦慄した。


僕よりも子供たちの方が先に気づくようになり、2歳の娘も天井を見上げ「あ、クモちゃん」と親しみを込めて発見する始末。違う、なんか違う。


妻と早速緊急会議を開いた結果
「おそらくどこかで大繁殖しているのだろう」という結論にいたった。会議を開くまでもない結論だった。

ただ、その緊急会議の中で大事な協定が結ばれた。
「むやみに殺さない」
「ただし、足の長い系のでかめのクモについてはこれを認めず」
という項目である。


実際洗面所で最初「糸唐辛子かな?」と思ったらクモだった、という衝撃的な事案が発生していたこともあり、この項目は国会でも即時決定された。


また、殺さないための処理方法についても検討がなされ、試行錯誤の末
「ペットボトルの中に入れて、そのまま玄関から外へ追いやる」という平和解決の方法が採用された。


ということでせっせせっせとクモを見つけてはペットボトルに入れて家の外に出す、という地道な作業を毎日行っているが、
今になって多分このクモがゴキブリ駆除してたから今までゴキブリを見なくて済んでたんだろうなあ‥と思った次第である。
どっちを見ないほうがいいか、という極めてネガティブな二者択一をしたようなものだ。


それでも僕はクモでよかったと思っているが、できることなら以前はネズミを駆除するために猫が飼われていたように
ゴキブリを食べてくれるラブリーな生き物がいれば、それを喜んで家の中に住まわせておくのだが‥
いや、ゴキブリ食べてたら見た目がラブリーなだけ、余計に嫌だな。


ということで、バランスとってクモで我慢する日々である。
よく見れば、ちょっとかわいいし。