もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

きみまろ

先日実家に戻ったら年代物のカセットテープのレコーダーが置いてあった。

僕の父親の悪い癖なのだが、
「聞いてほしいこと、つっこんでほしいところをこれ見よがしにしてあえて聞かせる」
というところがある。

案の定何か言いたそうにもじもじしているがあえて意地悪して何も聞かないでいると

「これさ、出てきたんだよ」

と言い出した。最初から言えよ、とも思うがこれでもそれなりに優しい息子なので一応話を聞くことにする、


「親父のよう、中国語のカセット聞いてた奴が残ってたんだよ」

どうも去年亡くなった祖父が趣味でやっていた中国語講座のカセットを聞く用に使用していたテープレコーダーらしい。
録音・再生機能のみの極めてシンプルで分厚い、あのaiwaのテープレコーダーである。


「これでよう、○○(僕の息子)たちの声でも録音しようかと思って」


どうも父親はカセットに孫の声を録音しておきたいらしい。

「写真のほうがよくない?」
と僕は聞いたが
「いや、声の方がよう、あとから聞いた時に面白いだろう」
とのこと。その辺はあんたのさじ加減だろという気がしなくもないが、特に否定はしなかった。


中にテープが入っていたので、早速録音するのかと思っていたら、突然
「今録音ボタン押したらダメだからな!」
といきなり大きい声を出すので何事かと思っていると
「まだきみまろが入ってるんだから」
とのこと。

最近綾小路きみまろに今更ながらハマってしまったらしく、このレコーダーでもっぱらきみまろを聞いているらしい。
かつて祖父が熱心に中国語を勉学のために使っていたレコーダーは、きみまろの漫談に日々酷使されている様子だ。

気合を入れて二本もカセットを調達してきた父親が、いざ孫たちのいる場で録音を開始すると
見慣れない怪しい機械に不信感を持ったのか、録音を開始したとたんに子供たちはしんと押し黙ってしまった。

「ほら、何かしゃべってごらん」
父親がいうと、
「いやだ」
と一言残して二人とも別の部屋へ逃げてしまった。

あとには回り続けるレコーダーと父と母と僕が残った。

母は
「だからさー、きゅうにしゃべれって言ってもそんなのしゃべらないわよ。あたしが言ったのよ。見えないところで隠して録れば?って」
すると父も
「いいんだよ。こうやって慣れなせてるんだから」
と譲らない。ここ最近夫婦の小競り合いは日に日に激化しており、亡くなった祖父母のバトルを彷彿とさせるその展開に既視感というか、歴史は繰り返すというか、いずれ同じようになっていくのであろう事実に眩暈を覚えつつも
「まあ、そのうち気にしないでしゃべるようになるからさ、少し回しておけば?」
と息子らしく間を取り持つ僕。偉いな。誰にも褒めてもらえないので自分で褒めるぞ。

そんなこんなのうちにいきなりレコーダーが止まった。
おやっと思っていると父親がおもむろにレコーダーからテープを取り出し、裏返した。

「もう終わったの?」
「だって10分だもん」

彼はなぜか10分のテープを買っていた。
どうして。10分て。短くない?孫の肉声、もうちょっと残しておきたいものじゃない?

結局、片面5分では気まぐれな子供達の声はうまく録音することができず、
すっかりどうでもよくなったのか、父は途中からきみまろを聴き始めた。

聴き始めたろところで「うるさいから別の部屋で聞け」と母親に言われて、そのまま消えていった。
滔々と喋る続けるきみまろとともに。