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もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

子供の名前を考えていた時期があった。

子供の名前を考えていた時期があった。

長男がもうすぐ5歳。
長女はもうすぐ3歳。

今年は揃って七五三である。

なんだかもうだいぶ前のことのようだが、
子供の名前を考えていた時期が、あった。


妻が一人目を妊娠した時、まだ男の子か女の子かもわからない中
僕たち夫婦は男女両方の名前を考えた。

色々悩んだが、最終的には感覚的なものを優先させて
語感や響き、何より直感的にいいと思った名前を第一候補とした。

先に名前を決めて、あとから漢字を当てはめた。
ネットで観れる姓名判断で調べてみたら、実はあんまりよくなかったけど
僕らは自分がよいと思った名前と、漢字で名前をつけることにした。

一人目は男の子で、第一候補の名前をつけた。
一文字は僕の名前から取らせてもらった。
我ながら、とてもいい名前だと思った。
気に入ってくれるといいな、と思った。

二人目は女の子だとわかった。

一人目のときに話し合って、すでに女の子の第一候補は決めてある。
決めてはあるが、果たして本当にそれでよいか。
再び名前会議の場を設けた。

第二候補と第一候補は最後まで悩んだが
それでも直感を信じ、もともとの第一候補に決め
当てはめる漢字でも悩み
悩んだ結果、今の名前になった。

名前は、男の子も女の子も第二候補まで考えていた。

僕らは今、すくすくと育ってくれる子供たちと毎日を嫌になりつつも楽しくうるさく暮らしている。
三人目を考えることはもう無いのだけど、時々使わなかった第二候補の名前のことを考えることがある。

本当は自分の子供になるかもしれなかった名前たち。
今では、出会うこともきっと無い名前たち。

時々仕事をする中で出会う相手に、まさしくこの次に生まれてくるならばつけようと思っていた名前と同じ名前、同じ漢字の人がいて
嬉しくなる。

まるで自分のこどもが、どこかで大人になって、こんな風に立派に仕事をしているのだ、と思ったりする。
相手はなんのことかさっぱりわからないのだろうが、そんなとき、僕は少しだけ他の人よりも親しみを込めて彼らの名前を呼んだりする。