読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

しりぬぐい

子供が寝てから夜テレビを見ていた時のこと。

ばたんと寝室のドアが開く音がしたかと思うと、バタバタという足音と共に長男が号泣しながら現れた。
「どうした!?」
と問うと
「うんち付いちゃったー!」
と言う。

僕の目の前に右手の親指と人差し指を突き出す。
確かにその指のさきっぽには茶色い物質がこびりついている。

なんで?

という思いは拭えないながらも号泣する息子の背中を押しながら洗面所へ向かう。指を洗わせながら
「もう漏らしちゃった?」と聞くと
「出ちゃったー」
と泣くのでちらっとズボンをめくるとまだ漏らしてはない様子。


息子はいまだにうんちをすんなりしない。
いつも限界まで我慢して漏らすギリギリか、あるいはちょっと漏らす段階に来てからようやくトイレで用を足すということを繰り返している。
今回も我慢した挙句、気になってお尻を触っていたら、もう出始めのうんちを触ってしまったというところのようである。
泣きながら便器に座らせる。

「パパ、いない方がいい?」
「ここにいて!見てて!」

息子は排便時の気分で近くにいて欲しがったり、あっち行ってて、という場合と両方あるので気が抜けない。今回は見ててくれパターンのようだ。

アンパンマンの補助便座の上で泣きながらふんばる長男。
人がうんちする瞬間をこうも間近で見る機会というのは人生でこの先もそうそうないだろう。全身に力を入れてぷるぷると震えながらうんちをする息子。
やがてぽちゃん、という音と共に
「出た…」
という息子の厳かな声。
「2個出た…」
塊が2つ出たという意味である。
「見て…」
毎回そうだが、彼は必ず己の出したものを見ろと要求する。健康管理という意味で子供のうんちをチェックするのはもちろん大事なんだけど、こうやって見るよう要求されるのは複雑だ。便器を覗き込むと、いつも通りの立派なものが横たわっている。
本当にこの小さな体の、さらに小さな腸を抜けて、小さなお尻の穴からどうやって現れたのか、といつも不思議なほどのサイズである。流れるかな、と一瞬不安になる程だ。もちろんこの時うっかり流してしまおうものなら、彼はますます激しく泣き叫ぶ。必ず自分でも出したものをチェックし、納得してから自分で流すところまでがワンセット。

ここまで来てももう一仕事残っている。
彼は当たり前のようにおしりをこちらへ突き出してくる。
ちょうど立った状態で足を肩幅に開いて前屈をしているような姿勢である。
これはもちろん「おしりを拭け」のポーズである。
ウエットティッシュで彼のお尻の穴を拭う。
あれだけ大きなうんちがよくもまあこの小さなお尻の穴から出てきたなあ、と感慨深く思いながら拭く。
「いててっ」
と痛がる息子。注文が多い。それでもこんなことを言う。
「どうしてパパはママみたいにグリグリ拭かないの?」
図らずも妻が強めにおしりを拭いていることを知る。
「だって…痛いんでしょ?」
「そうだけど…」
成り立っていそうで、成り立っていないやりとりである。
もしかして、強く拭いてほしいのかしら?と思うも、いや、そもそも自分で拭けるようにならんかいと思い直す。

おしりが綺麗になった息子は先ほどまで指先にうんちを付けて泣き叫んでいたことなども忘れて「パパ、牛乳飲みたい」などと言っている。
「はいはい」と言って息子の手を引き、台所へ向かう。

将来生意気なことを言い出したら
「誰がおまえのケツの穴拭いてやったと思ってるんだ!」
と言ってやる。尻拭いをする、とよく例えで使われるが、本当に尻を拭っているので、それくらいは許されたい。