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もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

母の日計画

母の日は、毎年妻が僕の実家の母親にお花を手配してくれている。
正直僕はいつも子供の面倒を見てもらったり、何かと世話になってばかりいる割にはこういう時にうっかり何もしない、
ということがよくある薄情息子なので、フォローしてくれる妻が非常にありがたい。
無事お花も届いたようで、母親からも感謝するメールが僕のところに来た。


だから、というわけではないのだけど妻に母の日の贈り物をすることにした。
もちろん僕にとっては妻だけど、彼女もまた僕らの子供たちにとっては母である。
息子と娘もそろそろ母の日を祝えるようになってきたのではないか、と考えたのだ。
もちろん普通にお祝いしてもよかったのだが、滅多にやらない「じゃじゃーん!実は用意してましたー!」という
俗に言うサプライズをやってみようと思った。たまにはやってみたくなるときもある。
心の中で「母の日計画」と呼ぶことにした。



第一段階として妻の好きな美味しいチーズケーキを通販で注文した。
ちょっと遠いところにあるお店のチーズケーキなので実際に買いにいくことは出来なかったが、受け取りを夜遅い時間に指定した。

土曜日の8時過ぎ、チャイムが鳴ると同時に
「あ、あれ俺の。アマゾンで頼んでたやつ」
と普段なら絶対わざわざ言わないようなことを言いながらそそくさと受け取りにいく。
ちょうどそのタイミングで妻は何やら自分の用事をしていたようで、特に気にもしていなかった。
巣穴に餌を隠すごとく受け取ったチーズケーキは冷凍庫にしまいこむ。
これで第一のミッションはクリアである。


続いて第二段階。お花である。
正直これも通販で買ってしまうという手はあった。だが、贈り物もお花も両方通販で買ってしまうと、これも結局は受け取りの時間までこちらは待つしか無いため、花だけは母の日当日の朝に受け取りに行くことを決めていた。
そのためには前日に注文だけしておくことが必要。
そう考えた僕は土曜日、家族全員のお昼ご飯を買いに行くことを申し出て、そのついでに近所の花屋に花束を注文することを思いついた。
完璧である。これなら怪しまれずに家を出て用事を済ませることがある。


そして昨日だ。
土曜日、僕の家の近所は土砂降りだった。なんてことだ。なんで今日に限って土砂降りなんだ。
普通だったら絶対買い出しにいくことなんて提案せずに家にあるものを食べようと言っていたはずだが、動き出した計画を止めるわけにいかない。チーズケーキはまちがいなく届くが、やはり母の日に花束は欠かせないのだ。あれがないとなんとなくしっくりこない。
チーズケーキを渡して「いつもありがとう」というのも、なんか違うのだ。
ため息をひとつついてからためらいがちに
「あのさ… お昼ご飯、俺どっかに買いに行ってこようか?」
と切り出すと間髪いれずに妻が
「えっ、本当?助かる〜」
と返し、それに続いて息子が
すき家!」
と叫んだ。妻が「今すき家ぐでたま付いてるよ」と言うと娘が「ぐーで、たまたま。ぐーで、たまたま」と歌い出し、息子が
「はあ、だりー」とぐでたまのモノマネを始めた。窓の外からは轟音のような雨音が響いていた。


数十分後、僕は牛丼とぐでたまのおもちゃでパンパンになったビニール袋をぶら下げ、傘から雨粒を滴らせながら花屋の店先に立っていた。
「母の日の花をお願いしたいのですが…」
「黄色とオレンジの花を中心にアレンジして欲しくて、予算はこれくらいで」
とお願いする。
色についても事前に縫い物をしていた時の妻にさりげなく「どんな生地が好きなの?」と生地のことを聞くふりをしながら、「最近好きな色って何?」などとリサーチ済みであった。

花屋さんは心得た、という感じでメモをすませると「メッセージカードがありますが、使いますか?」というのでもらうことにした。
丸いプレートの周辺には花のイラストがあしらわれており、「お母さん、ありがとう」の文字が印刷されている。その下の余白スペースに自由に書き込みができるようだ。


そして、第三段階。
ここが一番難関となるはずだった。
僕としては子供達には何も知らせずに花束を渡す直前に母の日のことを告げ、手伝ってもらうつもりだった。直感から絶対に秘密を守りきれないと感じたからだ。午前中に子供達を公園に連れていく、と行って三人で出かけ、花屋で花を受け取ってそのまま家に戻り
「いつもありがとう!」
と渡すー それが僕の完璧なプランだった。


まずはまだ字は読めないが自分の名前だけはひらがなで書けるようになった息子にメッセージカードを渡し
「ねえ、ここに名前書いてみてくれる?」
とお願いした。まさと、という名前なのだが元気いっぱいに右から左にでっかく字を書いてくれたので

「とさま」

と大書されたカードが出来上がった。花屋さんが2枚くれていたのでもう一枚を取り出し
「もう一回書いてくれる?左から右にこうやって書いて」
と頼むと「うん」と言って右から左に

「とさま」

と大書した。
仕方ないので空いた小さな隙間に自分と娘の名前を書き足した。


仕上げを行うべく、子供達に「公園いかない?」と声をかける。娘の方は「いくー」とすぐに立ち上がったが、息子はちょうどDSを始めてしまったところで「パパとさーちゃんで行ってきて」とモニターから顔すらあげない。まずい。花屋には10時に行くことになっていた。早めに家は出発したい。しばらく説得したがだらだらとしている息子に業を煮やした僕はいちかばちかで声を潜めてこう言った。

「実は今日母の日のお祝いをママにしようと思ってるんだよ。お花屋さんにこれから花を取りに行くから、ないしょで手伝ってくれる?」

その瞬間、息子の目の色が誇張ではなく変わった。鼻の穴も倍くらいに膨らんだように思う。反応あり。これなら動いてくれる。
と思ったのもつかの間
「ママに内緒だって言ってこなくちゃ!」
と立ち上がり、洗面所の方にいた妻の方に走り出そうとするではないか。
「待て待て待て!」
と肩を掴み必死に押しとどめる。
「ダメだよ。内緒なんだから言ったらバレちゃうよ。言ってるのと一緒だよ」
「だって、ママに内緒って言いたくなっちゃうよ〜」
賭けに負けた。こいつにはまだ「ないしょ」が通用しなかったのだ。
僕は焦った。とにかく早く家から出なくてはならない。
「とりあえず早く行こう」
「わかった!ちょっと言ってくる!」
と走り出しながら大きな声で
「ママ〜!今日母の日の内緒でこれからお出かけしてくるから!」

あ〜。

実際に声が出た。あ〜としか言えなかった。


妻もその瞬間に何かを察したのか「そうなの」とか何事も無い風に息子に返事をしてくれたので、そのまま「いってきまーす」と無理やり押し出すように玄関から子供達と外に出た。


「なんで言っちゃうの?ないしょっていうのは秘密ってことだよ」
と息子に文句を言ってると「だって我慢できなかったんだもん」と特に悪いと思わない様子で平然と返す。
彼には当分サプライズを期待できない。

花屋さんに到着し、お花を受け取る。予算から考えるとかなりボリュームを感じる素敵な仕上がりにしてくれていた。お花に一緒につけてくれるというので先ほど書いたカードを渡す。
「2枚ありますが…」
と言われたので、「あ、1枚書き損じてしまったので、それは捨ててください」と伝えるとカードを手に逡巡している様子。
そうか、僕以外の人から見れば「どっちが書き損じなんだ…」と悩むほどの差であることに思い至り「あの、こっちの方が書き損じです…」と伝える。採用バージョンの方が、ほんのすこしだけ息子の字が読み易い。多分親にしかわからないが。


もはやバレバレではあるが、計画は最後まで実行することにして、家に帰ると子供達に花束を渡し
「ママに、ママいつもありがとうって言いながら渡すんだよ」
と真剣な表情で言うと、子供達も「うん!」と言って走り出した。
すっかりテレビでも見ていると思っていた妻は風呂場で洗濯機のホースを洗っていた。
しかもまさしくホースにシャワーを当てていたところで「ん?」という感じだったので子供達にちょっと待てというつもりで「あ、ちょっと…」と言いかける前に
「ママ!お誕生日おめでとう!」
とシャワーでホースを洗っている妻に花束を差し出してしまった。
いろいろ間違っているがもはや後戻りもできないのでとりあえず「あ、母の日の…」と後ろから補足する。
妻も何か買って帰ってくるのだろうとは思っていたようだが展開にはそれなりに驚いているようで(というか僕自身もまさか今日に限って妻が洗濯機のホースを洗っているとは思わなかったのでサプライズ慣れしていない感は全開だったが)あたふたと蛇口を閉めて手を拭くと、花束を受け取って「ありがとう、うれしい!」と言ってくれた。


それから全員でチーズケーキを食べた。
息子は「ふーって僕がやりたい」と未だに誕生日とごっちゃになっている様子だったが、ケーキは美味しく、妻は喜んでくれた。
妻が掃除してくれたおかげで、ここのところとまりがちだった洗濯機の調子がまだ戻り、今日も我々家族の毎日大量に出る洗濯物をしっかりと洗ってくれている。
だから僕は妻に感謝しなくてはいけないのだ。