もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

僕達は昼ごはんを食べないといけない

それにしてもお昼ご飯である。

我々サラリーマンにとってお昼ご飯は1日のモチベーションを左右する大きな問題である。

うまいものを食えれば午後も頑張ろうとなるし、
万が一「やっちまった…」ということがあれば、これはもう午後はモチベーションゼロ。
淡々と雑務をこなすに徹するに限る。

だからこそあまり冒険もできずに、結局同じようなところばかり行くし
会社の近くの定食屋はほとんど同じ会社の人間ばかりでほとんど社食状態、というのもオフィス街あるあるの一つであろう。


お昼に行く時、周囲の人に声をかけて出ていくわけだが、この辺のさじ加減が実に難しく、未だにベストを見つけられていない。

やはり職場で、部署では一番年下の私が声をかけていくべきだと年上の同僚や上司に声をかけて出ることもあるのだが、
席にいてもやりかけの仕事があったりして「これだけやってから行くよ」などと言われて待っていると、
結果的に5分、10分と待つこともある。

だったら向こうから声かけてくるのを待ったほうがいいのでは?という思いから待ってみると今度は12時半くらいになっても
声をかけられないので、どうしたもんかと思っていると
「今日は午後イチから打ち合わせだからコンビニいくわ」
と言われてしまったりするわけである。

実に難しい。

「サク飯」という言葉が全国的にメジャーなものかわからないけど、我が社では非常にまかり通っていて
「今日サク飯なんだけど、いい?」とか
「さっくさくならいけるんだけど」
など、もはや何についての会話なのか、外部の方にはちっとも伝わらない実にガラパゴス的な文法の進化を遂げている。

要は「午後に用事があるから、時間は取れないけど、サクッとでよければ飯が食えるよ」という意味である。
この「サク飯か否か」というところはとても大事で、「サク飯ならば徒歩5分圏内」というのがなんとなく暗黙のルールである。
サク飯の日はただでさえ少ないランチの選択肢がさらに狭まるので、基本的にサク飯の日は心を無にして
「ああ、どっちかだな」
とほぼ2択のランチに思いを馳せる。

何を食べに行くかを決めるのも難しい。

ごはん食べに行くグループの中でもなんとなくその日のメニューを決めるためのイニシアチブを持っている自分というのがいるもので、
結果的にはその人が「今日は◯◯にしますか」などと言い出すのをきっかけに「そうしますか」となるのが我々意思を持たぬランチ集団の常なのだが、その人の気分の行くすえは実に難しい。時に謀反を起こす人もいるので、集団の気分がどちらに味方するか、その風を読むのである。

昨日は中華だった。てことは今日は和食… 暑くなってきたし、今日はサク飯でも無い。
たまには遠出しての蕎麦屋か?
などと推理していると
「生姜焼きどうですか?」
などと言い出す。

そっちか〜生姜焼きの気分じゃ無いんだけどな〜蕎麦の口になってんだけどな〜蕎麦の〜。

などと思っていても「いいっすね」と生姜焼きの店に歩き出す。
サラリーマンはお昼ご飯を食べないといけないのだ。

以下、全然関係無い話。

どうしても「昼メシ」という言い方を僕はできない。なので、誘う時に「お昼どうですか?」と言ってしまう。
心の中では「おっさんがお昼とか言うなよ」と思っていても「メシ」という言葉を使う自分も「何いきがってんだよ」と思ってしまう。
だからとても自然に「メシどう?」と言ってくる先輩に「自然なメシ…」と思うし、そういう人は母親のことを「お袋」、父親のことを「親父」、子供のことを「ガキ」もしくは「チビ」と自然に呼べて、そう呼んでいるのを聞いても嫌な気分にならないのだろう、と思う。