もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

水中ウォーキング

いつかやるんじゃないかと思っていたことをやってしまった。

子供と近所の公園に出かけた時のことだ。

大きめの砂場のある公園で、子供達は砂遊びが好きなので大盛り上がりで出かけた。

今にして思うと、着替えを済ませてから公園に行こうと言えばよかったのに、天気がいいからと先に公園行く?と声をかけてしまったのがまずかった。先走る子供達をなだめながら着替えを済ませて外にでた。


スコップやらバケツやら砂場道具を持って公園へ行き、砂場で遊ばせているとしばらくしてから息子が追いかけっこをやりたい、と言い出した。走り始めてすぐに息子は派手に転び、したたか脛をぶつけていた。

「ひいいいいいいいい」

と苦悶の表情でこらえる息子。私は「大丈夫?」よりも先に「あー痛いよなそこわかるわかる」と言ってしまった。

なんとか堪えた息子を褒め称えるものの、ズボンを捲ると青く変色していて血こそ出ていないもののすっかり遊ぶ気を息子はなくした様子だったので娘にも申し訳なかったが帰ることにした。

おもちゃを集めて家に帰る。
やれやれと洗面所で手を洗っていると、服に何かついている。

ん?と見ると長細いシールである。そこにはこう書いてあった。

「MMMMMM」

そう、我が家御用達のジーユーではお馴染みのサイズ表記シールである。

「ひいいいいいいいいいい」

脛をぶつけたときの息子くらいの勢いで口から悲鳴が漏れそうになるのを必死に堪えた。
私はこのMサイズをくっつけたまま外に出て、あろうことか公園に行き、あろうことかそこで公園にいた数多のパパ&ママたちに自分たちの仲良し親子ぶりをアピールしてしまった。とんだ仲良し親子である。おめでたいことこの上ない。道中すれちがった通行人たち、若い女性もいただろう。私のMサイズはどれだけの人間に目撃されていただろうか。
確かに、確かに電車の中で見たことがある。私が見たのは買った時そのままのタグを腰からぶら下げているおじさんであった。
しかしそれとて「おじさんの所業」と私はどこか対岸の火事として捉えていたのだ。よもや自分がそっち側に、対岸にこんなに早く到着するとは。

ショックを抱えたまま夕方にジムに行った。

私は右脚を数年前怪我し、それ以来医者に言われてプールで水中ウォーキングを続けている。負担をかけずに脚を鍛えられるのだという。
プールではコースごとに用途が決められている。水中歩行用のレーンは一番端っこに1レーンだけ用意されており、それ以外は基本水泳用のコースで、早い人用とか、ゆっくり泳ぐ人用とかになっている。
どういうわけだか今日は水中歩行用のレーンだけが大賑わいで、それ以外のレーンはがらがらで一人か二人がゆうゆうと泳いでいるのに、水中歩行レーンには私より先に来ていたじいさまたちが4人ほど無言でずっ、ずっという感じで音もなく静かに進行していた。

水中歩行というのは体力がなくてもできる運動なので年配者に人気が高い。
それにしても人多すぎじゃない?という感じだ。夏休みの流れるプールか、というほどである。うっかりするとその翁たちの繰り出す流れに巻き込まれてしまうので慎重に入水し、タイミングを見計らい歩き出す。
翁たちの作り出すうねりはなかなかに強烈で、対面からやってくる人の波紋によってしっかりふんばっていないとよろけそうになる。
しかもどういう基準なのか知らないが、25メートルプールなのに自分のさじ加減で途中までで突然進行方向を帰る不届きな翁がおり、対面に来ていると思ったら急に私の進行方向に侵入し、おまけに後ろ向きに歩き出したのである。
つまり、私とその翁は向かい合ったまま進むことになった。
うつろな表情のまま後ろ向きて歩く翁。その翁を見つめながら進む私。

頭に去来するのは日曜日の夕方に私はなぜプールで爺さんと向かい合わせになりながら歩かねばならないのだろう、という思いだけである。

散々歩き、着替えを済ませてロビーに出ると、先ほど対面で歩いた翁がソファに座っていた。
サイズ表記のシールがついたままになっていないだろうかとさりげなくそのポロシャツをチェックしながら通り過ぎる。
残念ながら、ついていなかった。