もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

レシート

突然だが、皆さんはレシートをどうしているだろうか。

気がつくと財布がレシートでいっぱい、という人は、ひと昔前に比べるとだいぶ少なくなったのではないかと思う。
そもそも、なんとなくちょっと前まで「もらうのが当たり前」だった存在だったのに
お店側の方から積極的に「レシートいらなければここに捨ててください」というゴミ箱まで設けたりして、
今やレシートは「捨てても当然のもの」にいつのまにかなってしまった。


お店によっては「レシートはご利用ですか?」と事前に聞いてくれて、いらないと答えるとレシートは出ているのだが
お店の人の方で処理してくれたりする。

一番困るのはレシートを出したり出さなかったりする場合である。
私がいつも利用するコンビニがあるのだが、私のことを「この人はレシートいらない人だ」と覚えているのか
誰に対してもその対応をしているのかはわからないが、何も聞かずにおつりだけ渡してレシートを出さない人がいる時と
真面目にレシートを私に渡してくれる人がいて、毎回「どっちかな?」という感じでお釣りをもらう手が躊躇する。

そうなるとレシートってもはやなんなの?という話にもなってくる。
お店としては確かにものを売った、この金額を受け取った、という証拠として残さないといけないのだろうが、
紙で記録を抽出する必要がどこまであるのか、という話にもなってくるだろう。
何しろお店としてもコストだし、わざわざ出すのにほとんどの人にいらないと言われ、
出力されると同時にそのままノールックでゴミ箱にインされるレシートの気持ちを考えるといたたまれない。

私はレシートを店員さんの目の前で捨てることができないのだ。
だからレシートをいるかいらないか、と言われるといらないと答えるのだが
何も言わずにレシートを出される場合にはそのままお釣りとともに財布にレシートを入れている。
もちろん目の前にゴミ箱はある。そしてそのゴミ箱の中に前の人たちが捨てていって無数のレシートが捨ててある。
もっといえば、店員さんだって気にしていないだろうことはわかっている。毎日たくさんの人を相手にしていて、
その中の結構な数の人がレシートを捨てているはずだ。それで今更私が捨てようが、持って帰ろうが絶対どうでもいいはずである。

だが、できない。
そんな風にして溜まりに溜まったレシートを家で捨てる。
そう、レシートは結局捨てるのだ。

子供の頃母親が溜まりまくった大量のレシートを財布から取り出し家計簿を書いているのおをよく見ていた。
近所の信用金庫でもらった家計簿にいつも書きつけていて「大人になるとこんなことをしないといけなんだなあ」と思っていた。
大人になった今、家計簿どころかレシートさえもらわずに断ったりもらっても即捨てている未来など想像もしていなかった。
あの頃私が思い描いていた未来はどこに行ってしまったのか。レシートと家計簿の未来は今やレトロフューチャーと言ってもいい。

よくレシートをもらって、「ぺっ」という感じでゴミ箱に捨てている人を見かける。
店員さんも気にしていないんだろうが、私はそれを見るたびに、もし自分が店員だったらきっとそれを見るたびに精神的に疲弊していくだろうな、と思う。
自分の渡したものが目の前で捨てられる光景ほど、心にダメージを与えることはないんじゃないかと思ってしまう。
以前何かの本でインタビューを受けている人が営業をしていた時に、自分の渡した名刺を見もせずにゴミ箱に捨てられるような経験を何度もしたので精神的には鍛えられた、という話を読んだ記憶がある。
だから私はどうせ自分で捨てるレシートでも店員さんの目の前で捨てられないし、平気でレシートを捨てる人を少し強く感じてしまう。
この人には何かプレゼントをしても平気で捨てられてしまうのではないか、という恐怖を感じる。

そんなことを、私は財布に溜まったレシートを捨てる時にいつも感じる。
最近レシートにレジを担当してくれた人の名前が印刷されていることもある。
そうか、今日スムーズにレジを打ってくれたあの人の名前はこんな名前だったのか、と思いながら。