もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

月曜日の実感が薄くて明日うっかり休みみたいな気分で酒を飲んでしまいそうな夜

■車に上司と取引先と俺の三人で乗ってる時に星野源の曲が流れてきた。上司が知らないなら黙っときゃいいのに取引先のおじさんに「これ歌ってるのは誰ですか?」と聞き出して取引先のおじさんは案の定「いやあ私はこういうのわからなくて」と返し、ここで会話終了かと思ったら上司はなんと「これはね、大江千里ですよ」とお前は西暦何年生きてんだよと言うことを言い出したので生粋の星野源メンヘラファンとしてここは黙ってられないと「これ、星野源って人ですよ」と訂正したわけなんだけども、言われてみると声似てるなと思うようになって星野源の歌聴いてても大江千里が歌ってるような気がしちゃって辛いって話、もうしましたっけ?

ちなみに俺は小学4年の時大江千里の「夏の決心」ってシングルを買ったことがあり、好きなもののテイストはきっと変わらないんだなって感慨深い今日この頃です。

 

■もう何年も前のことだけれど、会社の先輩に銀座のオーセンティックなバーに連れていってもらったことがある。その時まだ俺は20代で、もちろん金も無いし(今も無いんだけど)銀座で飲む、なんてことは考えもしなかった。とにかく金がかかる大人が行く街、という中学生くらいの感想しか銀座に対しては持ち合わせていなかった。

先輩、という書き方をしたが正確には父親くらい年の離れたオッサンだった。部署も違うしそれほど親しいわけでもなかったと思うのだけど、たまたまいっしょに仕事をするきっかけがあり、それ以来俺のことをやけに気に入ってくれ、目をかけてくれるようになっていた。

 


「いつか奢ってやるから」

 


ことあるごとにその人は俺にそう言ってくれていた。

結局オッサンは黙って待っててもそろそろ定年、という年だったにも関わらず、独立して店を出す、と言って辞めることになった。辞める前に約束は守る、と言って俺を銀座に連れて行ってくれることになったのだ。

そこには俺だけじゃなくて、俺と同じ部署で仕事してた新人の女の子と三人で行った。俺も20代だったけど、その子はそれこそ入社したばかりのまだ学生みたいな状態だったし、地方出身の子だったから余計に銀座なんて行ったこともなければ見たこともないという状態。

そんな俺たちをよく銀座に連れて行く気になったものだ。奢り甲斐がこれほどない奴らも珍しいだろう。

もう行き方も忘れてしまったが、1軒目は和食の割烹みたいなところで、2軒目にバーに連れて行ってくれた。ピシッとしたスーツみたいの着たバーテンが立ってるようなバーで、俺はそんなの映画の中でしか見たことないから田舎もん丸出しでふえええってなってたと思う。

オッサンはバーなんか行ったことが無い俺と女の子に色々手ほどきみたいな感じで教えてくれたのだが、慣れない雰囲気に圧倒されている上に酒まで入っているのでロクに覚えていない。バーの客たちと言うのはみんな顔見知りみたいな感じで、なんだか親戚同士の集まりの場に、俺たち子供が紛れ込んでしまったような気分で、とにかく恥ずかしいという思いの方が強かったことを覚えている。

全部でいくらかかったかなんて野暮なことは聞けなかったけど、三人であれだけ飲み食いしてそこそこかかっただろうに全額オッサンは出してくれたし、会計の仕方もいつ払ってるのかわからないようなやり方で、とにかくまあそういうスマートな大人の作法みたいなものを俺たちに見せたかったのかもしれないな、と今になると思う。オッサンはまあ時々鼻持ちならない自慢が多いきらいはあったけど、基本的には「大人」って感じで、良くも悪くも、知らない世界を時間も金も使ってわざわざ見せてくれる、俺にとって貴重な人だった。

 


連れていってくれた退職したオッサンは店を出したら必ず招待してくれると言っていたのに何の連絡もなくて、いつになったら店を出すんだろうと思っていたら同僚に熊谷の方でもうとっくに開店してると聞いた。池上彰に似てるオッサンだった。

一緒に行った学生みたいだった女の子は結婚して子供を産み今は産休に入っている。いつの間にか母親になってしまった。

今思い出すとあれはなんだったんだろうという記憶の一つ二つがあるが、これはその中でも最も「あれは本当にあった出来事だろうか」と思えるくらいフワフワと現実感の無い思い出だ。

ただ、オッサンに促されてそのバーのマスター(バーテンっていうのか?)と会社の名刺を交換したら、バーからはその後三年間毎年年賀状が届いくようになって、銀座のバーってのはマメなもんだなと思った。

 


ということを本棚の整理をしていたら出てきたカクテルの本を見て思い出した。そこのバーのマスターが監修しているというので店でオッサンに言われどさくさ紛れに買わされたのだ。時々開いて読んだりする。

 


「情熱的な夜に、セクシーなネーミングの

カクテルを注文して、さりげなく二人の距離を近づけるのも、大人のお酒の楽しみ方ー『ビトウィーン・ザ・シーツ』」

 


どこで披露すんだよこの知識。