もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

だからなんなんだよ。あんたはただのおっさんだろ。

いつからおまえはそんなに偉くなったんだ、という態度で突然接して来る人がいるが、寂しいんだと思う、と言ったらおまえはいつからそんなに偉くなったんだ、と言われた。家のすぐそばの焼鳥屋の前で土木作業員風のおっさんが「俺は酔っ払ってねえんだよ!」と大きな声で怒鳴っていたが、目の前で焼鳥を黙々と焼き続ける兄ちゃんも、すぐそばを歩くショッピングカートを押してる後期高齢者も、制服姿でラケットを持った女子中学生も、誰もおっさんが見えないかのように平然とその脇を通り過ぎていた。もし万が一、この瞬間おっさんが肩に下げた土埃で白く汚れたナイロン製のボストンバッグから刃渡り30センチの包丁を取り出して手当たり次第に通行人を刺し始めても抵抗できる人間はいないだろう。俺の街の商店街にはセキュリテイとか防犯とか安心なまちづくりなどと言った概念は無い。だから実家のすぐ隣のマンションで強盗殺人が起きても犯人が捕まったんだか捕まらなかったんだかわからないまま皆忘れてしまった。凶悪犯はすぐ側にいたかも知れない。おっさんの脇を通り過ぎる瞬間、俺はおっさんの顔をしっかり見た。俺にはあんたが見えてるぜ。そう目と目で意思の疏通を図ろうと思った。おっさんの目はどこか寂しそうで、誰かに何かを伝えたそうにしていた、ということは一切無く、脂ぎって日に焼けた顔の中で黄色く濁った目は血走っており目の下にはどす黒いクマが出来ていた。半開きの口の中にはガタガタの歯。口の端には溜まった唾。これで酔っ払ってなかったらただのやべー奴じゃん。俺はすぐに目を逸らしてさっさとおっさんの横を通り過ぎた。ただのやべーおっさんだった。怖。