もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

みさきさんは前から何番目にいますか

子供の夏休みの宿題を横でつきっきりになって見ながら進める。自分が思うようにならないとすぐにいらいらして優しくするつもりですぐに恫喝するような言い方をしている自分に気がつく。子供の考える顔を見てまた思い直すということを1時間以上繰り返した。ちびた鉛筆。ちぎられた消しゴム。なんでこんな風にするのか。問い詰めたくなる衝動をこらえて一問、また一問と進めて行く。算数と国語のドリルを半分ほど進めて今日はやめる。溜め込んでいたプリントを整理し直し、重要そうなものからゴミまでなんでもかんでも放り込んでいた学習机の中身を整理したりそんなことを繰り返しているうちに1日が終わる。選挙に行った。投票をきちんとした。何も変わらないかもしれない。もっとひどいことになるかもしれない。得体の知れない不安感に俺たちは包まれていてどこにいても気持ちが休まることはない。目の前の子供達のことを考えてまた行き場のない焦燥に駆られる。そんなこと何の意味もない。理解していても止めることが出来ない。不安障害、強迫性神経障害と言ってしまえばそれまでだろうが心療内科には一歩踏み出せずにもう長いこと自分の内側で持て余している。ネットで何度も調べるが心療内科はどこも予約でいっぱいで何ヶ月も待たされることもザラだと書いてある。世の中不安な人間ばかりだ。心療内科の医師になれば一生食いっぱぐれないのかもしれない。勉強さえできればそんな選択肢もあったのかもしれない。俺は勉強も運動もできないので仕方がない。子供もあまり勉強が得意ではない。俺もバカだし妻も勉強ができる方ではないし遺伝という意味では仕方ないけどあとは本人の努力だから頑張ってもらうしかない。きっと損な役回りをすることになる。妻は健康で人に迷惑をかけなければそれでいいなどと言う。それだけじゃ俺みたいになるだろ、と思っても俺は体も健康ではない。何もない。会社では同期で一番昇進が遅れ異動もできずに売上の悪い部署で唯一の中堅どころになってしまった。調子のよかった時に勝ち逃げするように消えていった人間たちは別部署でうまいことやっている。あとは定年間近のベテラン勢とキャリアの浅い新人ばかりで、俺はマネージャーに呼び出されたかと思えば異動の話でも昇進の話でもなくただ単に俺が全員の面倒を見ろという話だった。役付きになるわけでも給料が上がるわけでもなくただ単純に業務量が増えるだけ。「次のステップになるから」などと体のいい言い方だけされて丸め込まれてしまう。結局それでもたいした反論もせずに俺は受け入れてしまう。馬鹿なので。それなりにやる気を出してみて個別に若い社員のヒアリングをしてみたり今までやっていなかったミーティングをしてみたり仕事を分担して手伝ってみたり自分の商談に同席させて取引先と繋いだり自分の仕事ではない業務までやってみたりやってもやっても仕事は増えるばかりで状況は変わらない。若い社員はベテランに助言を求め俺に相談する人間はいない。求心力は一日にしてならず。俺以外の若い社員が集まって結束力を高めたり自分たちでミーティングを重ねていたりともう目も当てられない。管理職でもないのに気持ちだけ管理職にされた俺は自分のマネジメントさえできていない。変わったのは俺の体調だけでついこの間人間ドックでもないのに胃カメラを飲んできた。逆流性食道炎になっていた。挙句の果てには他部署からも体裁良い言葉で業務の協力まで要請されボランティア状態で労働力だけ搾取されていく。万が一に結果でも出たとしても俺の手柄になる要素はどこにもない。毎日金を家族に持って帰るだけの存在になる。自分の気持ちや時間がどこかに消え意思とか感動とかそんな言葉がどこを見回しても見当たらない。会社にも家庭にも行き場のない中高年など一昔前よく見かけて題材だったがこれが本当に「まさか自分が」という奴だろうか。状況が続けば俺は食道がんになる可能性が高いらしい。喉のつまる感じやものが飲み込みにくさはここから来ていたのだとわかった。これから俺は夜寝る前に何度も頭の中で自分の喉を切り開く様を思い描く。