もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

地元がアド街ック天国に出た

先日僕の生まれ育った町がアド街ック天国に出た。

一人暮らしを始めるまでの26年間住んだ町ではあるが、正直なところ
「どうやって一時間持たせるんだろう」
と素朴に疑問の思えるほど、魅力に乏しい町である。


もちろんそれなりに愛着は持っているつもりだが、
お世辞にも人に薦められる、自信を持って「いいところだよ!」と言いづらいところがある。
外を歩けば年寄りばかりだし、ガラは悪いし、
あちこち汚いし、電車は各駅しかとまらない。

そんな町が取り上げられたのだ。
父親は舞い上がってわざわざ電話をかけて報告してきた。
当日放送を見ていると、その時にも電話をかけてきた。
「今見てるか?映ってるぞ!」
とそれはもう大変な騒ぎだった。

アド街は基本その町の魅力を20のトピックに分けて構成しているので
なんとか絞り出すように制作スタッフもあの町から20個の要素を抽出したのだ、
と思うとなんともいたたまれないというか、申し訳ない気分でいっぱいになった。
さて、1個目はなんだろう、と思っていたらいきなり父親のいきつけの中華屋だった。

そのあとも出るわ出るわ、登場人物たちがいちいち知っている人や店ばかりで
「これ本当にテレビか?」と言いたくなるほどのローカル感。
もちろんテレビ東京は関東のローカル局ではあるのだけど、
「地域密着系都市型エンタテインメント」とは言え、冒険だったのではないだろうか。
なんだか結婚式の二次会で友人代表が作ったVTRを見ているような座りの悪さを感じた。
僕の目がそう見てしまっているだけなのかもしれないが、心なしかスタジオの出演者たちも
「この町についてどう話せと…」と無言の抗議をしているようにも感じられたし、
薬丸に関して言えば、普段から宿っていない目の光が完全に漆黒と化し、
放送中一度も白目の存在が確認できなかったのではないかと思われた。

放送からしばらく経って今度は
「録画したビデオを知り合いに見せるからダビングするのを手伝ってくれ」
と言い出した。
なんでも今の職場で知り合った人たちにDVDを渡す約束をしているらしい。
本当にその人見たがってるのか、ただの社交辞令を父親がまともに受け取ってるだけなのでは、
と思ったものの、父親の頼みは断れない孝行息子のため、実家に戻って手伝った。

説明書ももう失くした、というのでメーカーのHPからPDFの説明書を開いて
スマホの小さな画面を見ながらダビングと格闘する。
土曜日の午後、俺は妻子を差し置いて父親のビデオをダビングしている。
なんだこの状況は。

その間も父親は「あそこの中華屋が映っただろ、普段あのオヤジ全然笑わないくせによう、ニコニコしやがって」とか
「きったねえ店だよな、この居酒屋。いかねえよこんなところ。俺はこの奥の店にいつも行ってんだけどさ」とか
聞いてもいないのに登場人物たちを次から次へとディスりまくる。なんなんだよ。

なんとかダビングし終わったと思ったら、今度はどういうわけだかHDDから録画データが消えていた。
僕は普段HDDで録画した番組はDVDなどにダビングすることがなく、見終わったら消してしまうのであまり気にしたことがなかったのだが
番組によっては一度ダビングするとデータが消えることもある、とその説明書には書いてあったので、
その通り父親に伝えると、それまでの饒舌が嘘のように静まり返り、
能面みたいな顔で僕に「消える…?」と聞いてきたのでやべえやっちまったと恐怖を感じた。
もちろん僕が悪いわけではないのだが、父親にとって我が町があのアド街ック天国に出たということは
息子が芸能界デビューしたようなもので、一世一代の晴れ舞台を録画したような気分だったのだろう。
しばらく黙り込む父親に「でもほら、DVDダビングできたんだから、それをまたダビングすれば大丈夫でしょう?」
などとあわててフォローするも「うん…そうだな…でも明日このDVDはもう渡さないといけないから‥」と浮かない表情だ。
アド街ック天国からいっきに地獄である。

適当なことを言ってその日は帰ったものの、大丈夫かなあと思っていたら後日メールが届き
アド街ック天国、消えてませんでした!残ってました!ありがとう!」
という父親からの伝言が入っていた。
よかった。彼のアド街ックはこれからも消されることなく、ずっと残っていくだろう。
テレ東のアーカイブよりもずっと大切に保存されていくに違いない。