もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

丸出し

先日仕事の関係で、ある素材メーカーの展示会に行った。

その中の一つに、靴のブースがあり直接仕事の関わりは無いものの、

「まあ、ちょっと見ていきましょう!どうぞどうぞ!」

みたいな感じで担当の方に押し切られる感じで立ち寄った。

ソールの中に新素材が使われていて体圧分散をしているので疲れにくいのだ、とか
実はこの素材は大手のこんなスポーツメーカーでも使われているのだなどと聞きながらほうほうと相槌を打っていたところ
「どうですか、今の足圧を測ってみませんか?」
というではないか。

見ると何やらパソコンにつながれた謎の機器があり、おじさんが二人がかりでわちゃわちゃとセットしている。

「このシートの上に乗っていただきますと、すぐに足圧が測れますよ」

どうも足圧、というのは立っている時に両足の裏にかかっている体重のことであり、それがバランス良く分散しているかどうかを
調べることで、疲れやすさや歩行時の体全体への負荷具合がわかるとのこと。
自分の足圧が正しく分散されるようにこの新素材のソールが搭載されたシューズを、という流れのデモンストレーションであるらしい。

正直こんなに人が一杯いる展示会場の中で靴を脱ぐ、という時点で嫌だったのだけど、
その場の流れ的には私が乗る、という雰囲気だったので

「じゃあ、お願いします」

と靴を脱いでシートの上に乗った。

乗った瞬間に気が付いた。

私の右足の親指が完全に露出していた。

正確に言うと、靴下が破れて、そこから親指が出ていた。

同行していた取引先二人、メーカーの担当者、足圧を計測しているおじさん二人、そして私。
その場にいた、いい年の大人6名が凍りついた。
一瞬シリアスな雰囲気が走り抜けたものの、その後は何事もなかったかのように会話が進行した。

丸出しの私の親指。

「あ、もうちょっと足を真ん中の方に揃えてください」

丸出しの足を動かす私。もはや堂々としていた方が恥ずかしくない。みんな大人なのだ。靴下が破れて親指が出ているくらいでは動じない。

「こうですか?」

などと私もむしろ親指を見せつけるくらいの余裕を持っている。
いや、そもそも靴下をよく確認しとけという話である。
おかしい。朝チェックしたはずなのに。お気に入りの靴下なので、履き込んでいたことは事実だ。それにしてもいつのまにこんな風になるまで酷使していたのだろうか。こんなになるまで気がつかなくて、ごめんよ。心の中で靴下に謝罪する。同時に、昔伊集院光がテレビで
「靴下に穴が開くのって、足から毒が出てるかららしいよ。俺、あれ爪が引っかかって破れたりしてるのかと思ったら、その毒で靴下が穴空いちゃうんだって」
という怪しい話をしていたことを思い出す。そういうことだけは覚えてるものだ。

足圧測定中、私はそんなことを思っていた。
やがて測定が終了し、「もういいですよ」と言われたのでほっとして靴を履く。
ややあってプリンターから出力された用紙にはサーモグラフィーみたいな足のCGが出ており、それを見ながら測定おじさんは
「右足の方がちょっとかかとに荷重が偏ってますねえ」
と言った。100%親指が出ていたので少しでも目立たないように右足のつま先を浮かせていたからだと思うのだが、もうどうでもよかった。
「なるほどー」
などと言いながら、特にそれでどうこうというわけでもなく終了した。確かにそうだ。ここは医者では無い。
私の右足の親指が辱められただけだった。

心が折れかけたもののなんとか持ち直して順路を進もうとすると、すぐ近くのブースにいた女性が
「いかがですか? 疲れにくいパンプスなんです」
と近寄ってきた。きれいな女性だった。
つい足を止めて話を聞いてしまうと、なんでもヒールがあっても疲れにくい見た目はおしゃれなのに幅も広くて履きやすいパンプスなのだ、と説明してくれた。

「足のサイズは何センチですか?」

女性が聞く。先ほどの足圧分散シートを見ると「25.5cm」とあったので伝えると

「ちょうどよかったですう。26cmまで対応しているので」

と言う。ニコニコしている。履くの?私が?

「最近は足が大きめの女性も増えているので」

と聞いていない最新情報を教えてくれるが、答えになっていない。
ちらっと同行の取引先やメーカーさんの方を見ると、なんとも言えない「無」の表情をしている。
「自分で決めろ」と暗に言っているのだと気がついた。

まあ、一度見せてしまっているものだし、別にいいか。

と僕は再び靴を脱ぐことを決めた。

慣れないパンプス。慣れないっていうか、履いたことない。
靴を脱ぎ、パンプスに足を入れようとしたそのとき、気が付いた。

かかとの部分がめちゃくちゃ生地が薄くなって、ガサガサのかかとがほとんど見えていた。

先ほどは親指ばかり目が行っていて気がつかなかったが、かかとの方もほとんど丸出し状態であった。
親指は出てるわかかとは出てるわ、一体この靴下を履いて私は何を隠したかったのだろう。

私が気がついたのとほぼ同じタイミングで女性も私の親指とかかとが丸出しなことに気が付いたようで、
一瞬ここでも深刻な風が吹き抜けたが、「私は何も見ていない」という自己暗示でもかけたのか、女性は正気に戻ったかのように
「どうですかあ? ヒールがあっても歩きやすくないですかあ?」
などと聞いてくる。そもそもヒールのある靴を普段履いていないので比較すべくもないのだが、
「いやあ、これなら僕でも履けますね」
などと道化を演じる自分が我ながらあっぱれであった。

その日、会社から帰ってくるなり靴下を脱いで丸めて捨てた。