もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

サボり日記2023 1日目

この間会社をサボった記録です。




浅草に来ている。

ずっと来たかった「浅草天然温泉野乃」というドーミーイングループのビジネスホテルが
前日に何気なくネットで確認したところ、なんと予約できたのだ。

とても人気で、おまけにコロナが落ち着き始めてからというもの、
国内のみならず海外からの観光客からの予約も殺到している状況のため、
連日予約完売、おまけに価格が高騰していて、一昨年僕が最初に泊まりたいなと思った頃の
三倍程度まで価格が跳ね上がっていた。

それが前日予約、平日水曜日という週の半ばということもあってか、
なんと一昨年見かけたときの価とほぼほぼ変わらない値段で予約することだできそうだ。
しかも全国支援割の適用や、東京プラスという地域クーポンみたいなものももらえるようだから、
その分を差し引くとかなりお得であることもわかった。

平日、木曜日を休めば水曜の夜からチェックインして泊まることもできる。
今しかない。

僕は慌てて妻の元に走り事情を説明すると、今にも誰かに横から予約を奪われてしまうのではないかという焦燥感に駆られつつ申し込みボタンを押した。
予約完了画面が出ても、案内メールが届いても、「何か見間違えていないか?」と何度も文面を読み返してしまう。

水曜、テレワークを早々に切り上げると、僕は浅草に向けて出発した。

Googleマップを見ながらまずはホテルに到着。
外観だけ見るとまるで旅館のようである。
中に入ってもまだどこもかしこも新しい。開業してまだ数年のようだ。
入るとまずは靴を下駄箱に入れる。ここはフロント以降、裸足で館内どこでも行けるのである。
ビジネスホテルでこの感覚はとても新鮮だった。基本部屋に入ってスリッパに履き替える程度のことが多いホテルで、部屋から大浴場、食堂と全て裸足でOKなのだ。
これは体験してみるとわかるけど、思いのほか精神的に非常に大きな影響があった。
靴というものに縛られないでいると、それだけでも解放感が全然違う。家にいる感覚に近くて、その点でも一つストレスが軽減されている。これがめちゃくちゃ気持ちいい。

まずは夕飯、街中華で一杯キメようと思った。
少し調べるだけで出るわ出るわ。迷ってしまったがよくみると、なんと水曜日はお休みのお店が多い。
やはり週の半ばは人出もあまり多くないのか、おやすみをとるお店も多いようだ。

水曜十七時からやっていた「あさひ」へ向かう。
時刻は十七時半。人気店のようなので、平日といえど油断できないなと思って急いで行くと、
お店にはまだ誰もいない様子。

中に入ると愛想のよい中国人と思われる女の子と厨房の男性、大将の3名体制で「いらっしゃいませ!」と迎え入れてもらう。
貸切状態にテンションの上がった僕はチャーハン、餃子に加えて瓶ビールまで注文してしまった。
注文と同時に座っていた厨房の男性がむくっと立ち上がりすごいスピードで中華鍋を降り始める。
瓶ビールと一緒に出してもらった突き出しのザーサイを少しつまんだくらいで、びっくりするくらい早いスピードでチャーハンが提供される。やや茶色がかった、油でツヤを放つチャーハンで、ひと目見ただけでこれはうまい、とわかるやつだった。一口食べる。うまい。そりゃうまいよ。
はふはふと熱いうちに食わなきゃと食い進めるうちにあっというまに餃子も届く。
もっちりとした厚めの皮に包まれており、やや硬めではあるものの中の肉もしっかりと旨味があって食べ応えがある。

必死になって食べ進めていたが、店の中には僕一人。
6月の十七時半頃というのは外もまだ明るく、ようやく夕暮れになりつつある外からは風が吹き込んできて、店の中からは外の歩道を歩く工事現場のお兄ちゃんなどが見える状況。時々猫が横切るのも見えたりする。僕の横では大将が店の天井に設置されたテレビでNスタなどを見ながら「へえ」とか「おーん」などと時折唸ったりする。そんな環境でうまいチャーハンを一口食っては瓶からコップに注いだビールを一口飲み、餃子をかじってはビールを一口飲む。
こういう状況をなんていうか知ってますか?そうですね、最高です。

あっという間に食い終わってしまったが、ちょうど十八時になったのでこれから混むことも予想されたため、ぐだぐだせずにさっさと出ることにした。
普段カード払いとキャッシュレス決済に慣れてしまうと危険だなと思うのが、こうした個人店では基本的に現金払いしかしていないことが多い、ということである。
直前に現金をある程度持ってきていたことが功を奏し、無事支払いもスムーズにこなすことができた。僕にしては珍しいファインプレイである。

お店の外に出ると夕暮れになりつつある町の雰囲気が最高に気持ちいい。
というか、普通であれば会社にまだいるか、早くても会社を出るくらいの時間帯。
混雑する駅や電車でぼんやりしている時間にこうして僕のことを誰も知らない街で
ふらふら歩いているということが最高に気持ちいい。

時間はまだ十八時を少し回ったところである。
このままホテルに戻っても早すぎる。
花やしきの近くをぶらぶらしたりしつつ、ドンキホーテを見つけたので入ってみることに。
浅草のドンキホーテは想像以上にカオス空間となっており、中にいるお客さんもほぼ9割以上が外国人観光客ということもあり、まるでこっちが海外に来たような錯覚を覚える。
置いてある商品も日本語で書いてあるし日本の製品のはずなのだが、まるで外国のスーパーで外国語が書かれた商品を見ているような気分になってくる。中国系、西洋系、アフリカ系と本当にありとあらゆる人種の観光客がいて、皆思い思いにお店の中を歩き回っている。
彼らの目にこのドンキホーテはどんなふうに映っているんだろか?
節操のないディスプレイや、用途のわからない商品の数々。
海外の観光客の趣向に合わせているのわからないが、なぜかブランド品コーナーは高級感とは真逆の方向でミラーボールとレーザービームで彩られ、ショーケースの周囲には七色に光るLEDが仕込まれて近くのスピーカーから天井が抜けそうな音量で太いビートの音楽が流されている。こういう演出の方が購買意欲が上がる、とか多分そういう知見があるのだろう。あってくれ。
一個だけ言えるのは、あなたたちが思っているのと同じくらい、日本人の僕の目から見ても、このお店、ごちゃごちゃで訳がわからないよ、ということは伝えてあげたかった。


そこで僕は雷に打たれたように重要なことに気がついた。
僕は明日着る替えの洋服を詰めたつもりだったが、そこに下着を入れるのを忘れていることに気がついたのだ。今日1日履いていた汗まみれのパンツを明日も履くのは嫌だ。
そうだ、ドンキで買えばいい。なんてちょうどいいタイミングなんだ。
下着売り場にはいくらでも選べるほどに男性用の下着が揃っていた。グンゼのボディワイルドのシンプルな黒い下着を選んで購入する。

外に出るとようやくあたりは暗くなり始めていた。
街には海外の観光客が溢れ、まるで外国の繁華街に遊びに来たようだ。
楽しくなって意味もなく歩き回ってしまう。

まだ時間があったので、お腹はまだいっぱいだが、せっかくの浅草ということもあるので
電気ブランが有名な「神谷バー」に行くことにした。

1階のバーに入る。
食券制になっているので、まずは入口脇のレジで最初のオーダーを行う。
電気ブランと煮込みを頼んで、席へ。
時間的に十九時の一番混む時間帯だったが、平日水曜日ということもあってか、適度に混んで適度に座れる席も残っているという状況で一番よかった。
一人で来ているのは僕くらいで、あとは大体二人か三人で来ているグループが多い様子だった。

電気ブランはカクテルではあるのだけど、度数が四十度と高く、
少し頑張ってそのまま飲んでみたのだけど、とてもこのままで飲み切れる自信がなくなってしまったので、ウェイターさんに炭酸水を追加でお願いする。
炭酸で割るとだいぶ飲みやすくなったので、煮込みと一緒にちびちび飲み進める。
周りの人の話し声がこんなに気持ち良く聞こえるのは本当に素敵な体験だった。
どちらかというと周囲の話し声がダメで、人が多いところやうるさいところが苦手なのに、
こうして誰も自分のことなど気にしていない空間だと、むしろ人の話す声を聞きながらぼんやりと意識をどこかに飛ばすのがとても心地よく、気持ちいい。

さきほどの「あさひ」で飲んだ瓶ビール一本分のアルコールもあったからか、
電気ブラン、炭酸水、煮込みで合計千二百円ほどで完全に出来上がってしまった。
我ながら安上がりの体である。
時刻は十九時四十五分。ゆっくり歩いて戻ればホテルに着くのは八時頃なので、ちょうどいいだろうと立ち上がる。

外は完全に暗くなっており、夕方頃までは少し残っていたじっとりとした梅雨時期特有の湿り気がすっかりなくなり、むしろ涼しく感じるほどだった。時折風が吹き抜けていき、最高に気持ちがよい。通り過ぎる人々の話す声、通りを走る車のテールランプのあかり、遠くに見えるスカイツリーの煌めき。

ホテルに戻って部屋で少しだけ休む。
スマホで確認すると1万五千歩以上歩いている。一昨年浅草に泊まった時も同じくらい歩いていた。僕は一人で外泊すると大体一万五千歩くらい歩くようだ。
普段動かないくらい歩いたからか、あるいはアルコールのせいか、そのままベッドに横になり一時間ほど仮眠。

ふと時計をみると九時半。
ドーミーイン名物夜鳴きそばが食べられるのは九時半から十一時の限定である。
むくりと起き上がると風呂の支度をした地下の温泉へ。

流石に人が多かったが、回転も速いのでそれほど混み合う感じも受けずに入浴でき、
サウナもばっちり入って水風呂までキメることができた。
「壺風呂」というのがあって、常連っぽい先客がいたが、ちょうど空いたタイミングだったので
その壺に入ってみた。ちょうど成人男性一人がすっぽり収まるくらいの壺である。
壺にもたれて目を閉じ、目の上にタオルを乗せていると、なんだか、ここ最近頭の中で絡まっていた糸のようなものがするするとほどけていくような感覚になる。
俺は、何をこんなに思い悩んでいたのだろう。何がそんなにつらかったのだろう。
それ自体がわからなくなくなるような感覚である。
眠気を覚えたので、ここで寝たら死んでしまうと壺から出る。恐るべき壺である。

風呂上がりはハーシーズのチョコレートアイスを一本もらう。これが嬉しい。
朝はヤクルトがもらえるようだ。朝も絶対に入りに行こう、と思った。

部屋に戻る途中で食堂に立ち寄る。
人で食堂がびっしりである。一昨年夜鳴きそばを食べに行った時は、広い食堂に三人くらいしかいなかった。それがびっしりである。というか、こっちがもともと正常だったのだろう。
いかに宿泊業界にとってこの3年間ほどが異常事態であったか、ということを実感した。
本当に辛い時期をよく乗り切っていただいたと思う。感謝しかない。

美味しいあっさりとして醤油ラーメン。散々食べたのに、なぜかこんな遅い時間でも食べることができてしまう。不思議だ。
あっという間に平らげて、無料でもらえるドリンクコーナーからホットコーヒーをもらい、
部屋に持ち帰る。

部屋でマックを立ち上げ、もらって帰ってきたホットコーヒーを飲みながら
今この文章を書いている。

このホテルの売りは、朝ごはんだ。
朝ごはんにいくらのかけ方だがあるのである。
これはちょっと楽しみすぎる。フロントでも脅しのように念押しされたが、
朝食は相当混むらしい。朝早い時間が比較的まだ空いているようなので、明日は早起きして
いくらをかけ放題しようと思っている。
押し寄せる睡魔と戦いながら、俺は本当に明日早く起きることができるのか。
それは、明日の俺しかしらないことだ。