言うんじゃないよ
こどもは思ったままのことを口に出す。
先日妻が息子を乗せて自転車で走っている時、男性とすれちがいざまに息子が
「あの人、強盗かなあ」
とそこそこ大きい声で妻に言ったという。
なぜそう思ったのも疑問だが、大人であれば仮にもし
「ああ、あの人強盗みたいな格好してるな」
と万が一思っても黙っておくものの、こどもはできない。
「なんで?」である。
「だってそう見えるんだもん」である。
正論とも言える。
なぜ思ったことを口に出してはいけないのか。
言いたいことも言えない世の中なのか。
とすぐにポイズンに走ってしまうのが30代前半の悲しい性である。
実際強盗のような人というのがどういう人だったか気にはなる。
そして、今日である。
家族で近くのイオンへ出かけたわけだが、エレベーターを降りてすぐ、鼻腔にはっきりと異臭を感じた。
エレベーター前の広場にはベンチが設置されており、そこには一人の中年男性が。
断定はできないが、おそらくはその男性の体臭と思しきかぐわしい香りであったが、
妻は花粉症で鼻がきかない状態。
誰も気にしていない様子だったので、傍をそそくさと通り抜けようとしたそのとき。
「くさい」
と2歳の娘が何の前触れもなく急に言い出したのだ。
娘はことにおいに関してはすぐに報告する癖があるらしく、とにかくあらゆるシーンですぐに「くさい」という。
というか、匂いの評価基準が「くさい」と「いいにおい」しかないので、必然的に彼女にとって報告したくなるのは「くさい」ときのようだ。
先日はホットケーキの種を混ぜる妻の横でその様子を見ながら、まだ液体状態でべちょべちょのホットケーキの匂いをくんくんと嗅いでは
「うーん、パンケーキのいいにおいー」
とうっとりして言った直後に「へっぷしっ」と思い切りホットケーキの中にくしゃみをぶちまけていたので、はなはだその嗅覚には疑問はあるが。
一方、「くさい」と言われた僕としては当然焦った。
心の中では「ば、バカヤローッ!」と叫んでいたものの、実際には完全に表情を殺したまま僕は娘の手を引いて普段の3倍くらいのスピードで男性の横を通過した。
幸い男性が気づいた様子はなかったので何気無い振りを装って
ほとんど娘を引きずって歩いてたんじゃ無いかくらいのスピードで通過した。
なおも何か言いたげな娘に「んー?そうかなあ?」などとすっとぼけていながらも「言うんじゃないよ」とよっぽど言ってやりたかった。