もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

君の父の日が思い出になる前に。

父の日という口実で両親と妻と子供達を連れて外食をする。父親が楽しかったのかレモンサワーとハイボールをやたらと頼み、鮭チャーハンを頬張りながら喋るので
米粒が俺の方に飛んできたりした。ここは昔ダンススクールだった、と母親が言ったが俺は違うよ、ここは一階が昔ケーキ屋で、そのケーキ屋がイベントスペースみたいに貸し出しをしてたじゃないか、だから俺の小学校の卒業式の後の謝恩会をここでやったろ?と言うと違う、ここはダンススクールでそこにお義母さんが通ってたじゃない、ねえ?と父親に同意を求めたが酔いの回った父親からすれば、死んだ自分の母親が通っていたダンススクールも、20年以上前の俺の謝恩会の会場も、どっちでもたいして変わりは無いようだった。夕方外食に出るまでは雨が止む気配も無いので一日中家にいて、娘と人形遊びをしていた。リカちゃん人形の顔が記憶の中より現代風にアレンジされていて可愛かった。着ている服はボロボロとなり髪の毛は娘によってカスタマイズされて、マーカーか何かで緑色になりかかっていた。進行は娘に任せていたので言われるがままに人形を動かす。「今日はこれからスーパーに買い物に行きましょう」「そのあとセリアを見に行くのよ」「あとで猫ちゃんを見に行くのよ」これは俺たち夫婦が家族でイオンに出かけた時のコースであり、普段の生活行動が人形遊びに反映されるのだと思うと今後娘が友達と遊ぶ時とか、その家の家庭の事情とか経済事情とか文化的背景とかそういうものがすべて投影されてくるんだなあと思った。俺の会社は従業員数もそれほどいない中小企業なのだが母体となる親会社がありそこから時々出向してくる人間がいる。当然彼らと俺たちの収入は桁が違っており、見ているもの着ているもの食べているものすべてが違う。無理矢理参加させられた会社のプロジェクトで一緒になった、それも数回あったミーティングのうち1回だけお飾りで出席したような重役と打ち上げの席で隣同士になったことがある。会社の近くの学生も来るような安い居酒屋を会場に選んだ幹事の気の利かなさに俺すら辟易したが、普段こんなところで飲むこと無いであろう重役は「まあこういうところもたまにはいいよな」などと自分を納得させるようなことを一人でぶつぶつ言っていてこういう人の人生も大変だなと思った。その際そいつは「元気が足りない」などと俺の頭を小突いたので「パワハラですか?」と俺は言った。こういうやつは休みの日に家族と車でイオンに言ってフードコートの銀だこを食うのに行列に並んだり、無料の、すえた臭いのする、破れた箇所をガムテープで補修してあるようなプレイスペースで子供を遊ばせたりする子育てはしなくてすんだのだろうな、と思う。お子さん、人形遊びしますか?人形はどんなことを話してますか?リカちゃんの履いてる靴はルブタンですか?水で9割増しに薄めてるようなサワーとダイソーの入り口脇に置いてあるような出所不明の赤ワインが並んだテーブルで、それでもアルコールが入ってりゃどうせ酔うくせにと俺はその重役のグラスに無言で酒を注ぎ続けた。