もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

四ツ谷で女がホームに突っ伏して倒れていた。近くに女性の駅員がいて、ペットボトルの水を差し出していた。女の傍らには盛大にぶちまけられたゲロの跡。意識がない方がきっと彼女にとっては都合がよい。そのまま朝まで目が覚めませんように。ズボンがずり下がってパンツが見えてたし。女性駅員の真剣な横顔は青白く線路沿いの街灯に照らされるアドボードに刷られた大きなアニメの美少女よりも白く現実感がなかった。近所にどんな奴にでも擦り寄るビッチな茶トラの猫がおり、時折子供と公園に行く途中でそいつのもとへ行っては逢瀬を重ねる。そいつのパターンは決まっており声を出さずに何度か口を大きく開けたあとに体をおもむろに立っている人間の脛のあたりに擦り付けて来る。しゃがみこんでやると「これが欲しいんだろ」といわんばかりにごろんと横たわり、挙げ句の果てには腹をむき出しにする仰向けスタイルという破廉恥な格好を取り出す始末。ここまで来たらあとは愚かな人間のすること。やつの体にむしゃぶりつくしかない。そう、俺の手はやつの体を這い回り、愛撫する。呼応する猫の唸り声と俺の、これが本当の猫撫で声。あれは暑い夏の午後。何年も前に潰れて今は雑草が鬱蒼と生い茂るばかりの産婦人科の前の路上。蝉の声だけが俺たちを包んでいた。久しぶりにこの間公園に行った。あいつはおらず、ただそこには夏の抜け殻のように死んだ蝉が何匹も何匹も転がるばかりだった。夏が終わった。俺たちの記憶と後悔を残して。愛してた。