もうだめかもしれない。

大丈夫ですかと聞かれたら、はい大丈夫ですと言うタイプの人間です。

電車の帰り道

こどものやけどが思っていたよりよくない、とガーゼの交換を毎日してくれていた病院の先生に言われ、紹介状を書いてくれた病院に行った。

電車を乗り継ぐと1時間以上かかるので車で行ったのだけど、それでも30分ほど。

大きい病院なので、紹介状があっても外来の初診であれば少なくとも2時間は待つコースだな、と通院経験だけは豊富な俺は覚悟を決めて仕事を半休した。このあたりはフレキシブルにできる職場でよかったと思う。今の職場の唯一いいところだ。

しかし2時間、大人でも辛いのに息子はよく待った。
流石に後半、少し待合室を抜けてうろついたが、ゴネもせず、癇癪も起こさず、これは本当に助かった。
良くも悪くも我慢強い性格なのだと、実感する機会が増えた。やけどだって、相当痛いだろうに、痛がる素振りもほとんど見せない。あまり心配させないように、我慢しているのだろう。
なんでもないようにしていることに余計に胸が重くなる。

先生は流石に専門家という感じで、やけどの痕を見て即座にこれはきれいに治る、と言ってくれて俺も妻も事故当日以来硬くなっていた表情がやわらいだと思う。ほっとしたり、落ち込んだり。こどもに関することは本当に一喜一憂だ。これくらいのことでこんなふうに気分が上がったり下がったりしていたら、もっと大きな事故や病気になったら、俺はどうなってしまうのだろうと頭の片隅でぼんやり思う。

それこそ妻とも喧嘩になったしお互い態度が剣呑となり、ぎすぎすとした雰囲気のままだったが、先生の一言でだいぶよくなった。

ここ数日兄にかかりきりだったのでほっとかれた形の妹がなんやかんやといつもより自分に構えと絡んでくる。

病院から家に帰るとマックが食べたい、と息子がいうのでハッピーセットを買ってくる。
すみっこぐらしで猫が出て喜んでいた。

食べ終わってから仕事に行って、会社に着くともう15時過ぎ。
余計な雑談をしている暇もないので、パソコンを持って集中できる休憩室の隅でひっそりと仕事に打ち込んだ。本当に集中したい時は時々休憩室でこっそり仕事をしている。電話がならず、同僚や上司に話しかけられることもないので、体感的には作業スピードが倍くらいになる。もちろん行き先をホワイトボードには書いておくが、とがめる人間はいない。仕事をしているのだし、そうしたところに深く干渉しないのも、今の職場の唯一いいところだ。唯一が二つでてしまった。まあ、それ以外のいいところは、それほどない。

3時間ほどで目処をつけることができた。思ったより早く終わらせそうだ。

デスクに戻ると伝言メモがたくさんあるので一件一件コールバックして要件を済ますともう19時。
そこからメールの返信をしていると、長くなりそうな案件を見つけ、電話をすることに。
思った通りの重めの案件で、休み明けの月曜日にどう決着させるか、ああだこうだとアイディアを出すものの結局まとまらないまま、月曜日にまた相談しましょう、と言って電話を切るともう20時。

デスクに戻るとすぐにテレビ電話で育休中の女性社員と繋いでいる同僚がオフィスにいる全員に赤ちゃんを見せて回っていたが、鋭い目つきのまま赤ちゃんをチラリと見て、手をあげて「どうもー」というのがやっとだった。2ヶ月足らずの赤ん坊にまで優しくできないくらい、余裕のない精神状態なのだと今の自分が冷静に分析できるので、少しでも早く帰って休まなければ、と自分の中の危機管理が働く。

その後簡単に資料をまとめて、雑用をこなすと21時。
オフィスには俺と2、3人しかいなくなっていたので、帰ることにした。

帰りがけにトイレに入って用を足していると、疲れたな、と声に出して言ってしまっていた。
慌てて周囲を見渡したが誰もいない。独り言を言う中年になってきたな、と思う。

帰りの電車は空いていて、会社の最寄駅から自宅までずっと座ることができた。
眠りそうで眠らない、一番気持ちのいい半覚醒の状態だった。

電車の帰り道、もしかしたら家で寝ている時より好きかもしれない。